今週は「人工細胞」について。
まさに物理と化学と生物との融合したような領域です。幅広く興味のある方、ぜひお越しください!
ーー以下発表者の告知文ですーー
■生物学のテキストは細胞から始まります。それ以前のことはほとんど書かれていません。細胞は「生きて」いますが、それを作るものは「分子」という「物質」です。それでは、「生命」というのは、細胞の前駆体のどの段階で発生するのでしょう?その起源研究はオパーリンのコアセルベート説(1924年)、ミラーの放電実験(1953年)などの先駆的な(『夢』のような)問題提起がありましたが、20世紀中は現実の細胞までつながっていませんでした。
しかし最近はそこをつなげる努力が有機化学に物理学の手法を取り込んだ有機反応動力学で展開されています。その最前線を紹介します。
まず、生体を作るに必要な素材分子を油滴にどんどん溶かして増やします。これでは単に材料集団です。そこで、ここへ膜を作る膜形成前駆体を打ち込みます。それによって細長い分子で頭に親水基、尾に疎水基を持つ両親媒性分子[1]を二重に並べて境界とした球に近い袋状の構造が出来ます。生体分子を内部に持ち「自己」と外部と識別するうつわ(ベシクル)です。今度はそこへ、自己増殖を促す触媒を注入して分裂させます。それが、2世代目だけでなく3世代まで成功しています。分裂挙動は動力学でもあります[2]。このようにして以降継続的に起こさせる道が開けました。これにより最前線の研究では、細胞の基本機能である「自己」と他の識別、分裂による継続的自己増殖、代謝系の確立がそろった「進化する」うつわ系としての「人工細胞」へと進展しつつあります[3]。細胞の前駆体としての「生命試作号」創刊前の「予告版」というあたりでしょうか?
●文献
[1]夏目雄平『やさしい化学物理~化学と物理の境界をめぐる』《朝倉書店》。
[2]夏目雄平『やさしく物理~力・熱・電気・光・波』《朝倉書店》。
[3]松尾宗征、栗原顕輔 “生命起源と人工細胞” 、現代化学2020年増刊号46、白石賢太郎編『相分離生物学の全貌』《東京化学同人》。
●キーワード
オパーリン、コアセルベート、油滴、液液相分離、両親媒性分子、リポソーム、ベシクル、細胞分裂、代謝、進化
【1分間スピーチのテーマ】
世界を「生命を持つもの」と「生命を持たないもの」に分けるとしたら境目はどこだと考えますか?
【発表者紹介】
夏目雄平(なつめ・ゆうへい)
1946年長野県生まれ。東京大学理学部物理学科卒、同理学系大学院で理学博士の学位を得る。イギリスで研究活動の後、千葉大学理学部へ助手(助教)として就職。1990年教授となり、定年の2012年まで勤務。その後は、科目の境界を越えて、科学を一般に広める活動、科学の本の執筆に従事している。
専門書(文献の1,2および『計算物理』シリーズ《朝倉書店》なと)、一般科学書(11月刊行本に『身近な科学が人に教えられるほどよくわかる本』左巻健男編《ソフトバンククリエイティブ》、12月刊行本に『はじまりから知ると面白い物理学』左巻健男編《山と渓谷社》がある)の他、文系の本として(鉄道、徒歩の)旅の本(『小さい駅の小さな旅案内』《洋泉社新書》など)も出版している。ふるさとNAGANO応援団メンバー。活動、夏季は男子もスカートをはこう。
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